ACIM WB Lesson 91:Miracles are seen in light.
Workbook for Students
Lesson 91:Miracles are seen in light.
「奇跡は光の中に見いだせます。」
光の存在である己の中に奇跡を見つけ出す。
目で見える物質世界と、心眼(真眼)で観る実質世界。
最近ブレていような気がする。
いや、本当はブレていないのかもしれない。
ブレているかいないか、基準がしっかりとしていると信じていたものが、
もしかしたらその基準でさえ幻であったかもしれないと気付いた。
光の中で奇跡を観るとは、
宇宙の一部になることではなく、
自分が宇宙そのもの、宇宙全体であったということなのだ。
だから、「世界を操っている●●が悪だ。」とか、
「悪を取り除き、新しい世界を作る○○が善だ。」
という発想、それこそがおかしなことだった。
光の中にある奇跡は、
比喩的に言うと宇宙の中心にあり、
そこに向かうには全方向からアプローチする必要がある。
こちら側からみて、あちら側は全てが真逆に映る。
だから、それはどこから見ているかの視点によるもので、
絶対的な基準は無いのだろう。
そこに気づくと、自分の立っている場所が
ぐらぐらとふらつくような不安感に襲われる。
それでもきっと大丈夫。
固定して直立不動でいるよりも、
ぐらぐらのふらつきを、可動率が広くなったと捉えられるよになるはず。
柔軟性の高まりと実感できるようになるはず。
(わたしは今このトランジットの最中で、
ぐらぐらふらつき感と向き合っています。少ししんどいです。)
最近睡眠中、とても忙しい任務遂行をしているような夢を見ています。
かなり深刻、かなり真剣な会議に参加しています。
これは目覚めたあとも覚えていようと思うのですが、
朝起きると見事にな〜んにも記憶に残っていません。
そして目覚めてしばらく、
自分の感情が全く無いことを確かめます。
白紙の心。
嬉しくもなく、悲しくもなく、ワクワクもなく、どんよりもなく、
感情無し人間として毎朝生まれ変わっています。
そしてそこから噴水ショーのように
様々な感覚、感情、知覚が湧いてきます。
コントロールせず、淀みない噴水ショーを見ている。
これが結構楽しい。
どんな感情であれ、コントロールをしないことにより、
ある意味支配下におくことができる。
不思議なパラドックスです。
Have a good day!