ACIM Day 8 WB Lesson 8: My mind is preoccupied with past thoughts
Workbook for Students
Lesson 8. My mind is preoccupied with past thoughts
昨夜ブログ更新しなかったので、昨日行ったレッスンの実践記録。
私の心は過去の思考にとらわれています。
エゴのマインドとは、源に繋がっていないと思っている小さな自分、切り離されたと錯覚している個の自分です。
・私のエゴのマインドはヨガの先生のことを考えているように感じます。でも実際はそのエゴのマインドが考えているものは全て過去の思考です。
・私のエゴのマインドはシアトルの子どもたちのことを考えているように感じます。でも実際はそのエゴのマインドが考えているものは全て過去の思考です。
・私のエゴのマインドは新型コロナウイルス感染症のことを考えているように感じます。でも実際はそのエゴのマインドが考えているものは全て過去の思考です。
・私のエゴのマインドは日本の家族のことを考えているように感じます。でも実際はそのエゴのマインドが考えているものは全て過去の思考です。
・私のエゴのマインドは最近の自分のカロリー摂取量を考えているように感じます。でも実際はそのエゴのマインドが考えているものは全て過去の思考です。
考察:今この瞬間に繋がることが、源と繋がる唯一の方法であるようです。
瞬間、瞬間、湧き上がる今の感覚を捉えること。これが現実を掌握して過去や未来の幻想から心を切り離すポイントとなります。
このレッスンでいう”My mind”はその瞬時に生じた感覚をちょっと引き伸ばすことにより癒着している思考ということでしょうか。
エゴのマインドとなってしまった思考は、瞬時に常に新しく生じているものを見ず、自分の経験、過去の例、痛みの思い出、心に切り刻まれた感覚のフィルターを通して判断をしてしまうメカニズムを発生させます。
今朝のVippasana 瞑想、一瞬一瞬に新しく生じる感覚に、ただそのセンセーションだけにひたすら集中しました。
おっ、この感覚が蘇ったとか、この感覚によってこういった感情が引き起こされるのだな、とか、そういった分析をできるだけ排除して、また集中しよう、集中しようという力みもできるだけ無くして、すーっと楽にした時に、とてつもない安堵感、至福感を味わいました。
瞑想にしてもACIMの実践にしても、ヨガの練習にしても、その基本となる姿勢を、
「何かを学ぼう、大切なものを得よう」から
「不要なものを剥ぎ取ってゆこう」
に変容させていくということが結構ポイントなのかもしれないな、と感じました。
ふっと力を抜いて、リラックスした状態を自分のなかに運んでくると、
パラドックスではありますが、貴重な学びが加速し、かけがえのない大切なものが周りに集まってきます。
コントロールしようという気持ちを手放すということですね。
今日一回目の気付きの記録。
ではまた後で。
素敵な一日を♡